学習ガイド / 05 · 入試読解デスク

入試・思想・根拠資料

独自作成の入試形式の文章に取り組む前に、それぞれの思想と根拠資料を読んでください。重要語句、思想的立場の判別問題、下の全練習問題は、スクリプトなしでも利用できます。

調査内容の確認日: 2026年10月17日利用料金: 無料独立性: 試験実施機関との提携関係はありません

編集上の区別:公式文書が裏付けるのは試験の名称、教育課程の枠組み、評価形式です。哲学的な議論は学術資料に基づいています。ここに思想家を掲載したことは、試験実施機関がその思想家を必修として指定したり、特定の問題を出題したりすることを意味しません。練習問題はすべて独自作成で、過去の試験問題を転載したものではありません。

ここには学習内容と知識の確認に必要な資料をまとめています。下には、独自作成の文章、選択肢ごとの解説、印刷用の解答一覧、保存した誤答の復習機能を備えた練習問題があります。

独自作成の練習問題20問 · 学習単元5件

大学入学共通テスト

大学入学共通テスト

現在の大学入学共通テストには「公共,倫理」があります。文部科学省の倫理に関する指導資料では、本居宣長と福澤諭吉、仏教と儒教との接触が明示的に論じられています。それ以外に選んだ思想家は比較学習の文脈として妥当なものであり、大学入試センター(DNC)が出題することを保証するものではありません。

試験実施機関
大学入試センター (DNC)
関連科目
「公共,倫理」; relevant curriculum in 高等学校「倫理」
対象学校段階
高等学校2–3年 / upper secondary, especially exam-year students
出題形式の参考
資料の解釈と文脈を踏まえた比較、最も適切な選択肢を一つ選ぶ形式

確認できたこと: 文部科学省は本居宣長と福澤諭吉に明示的に言及しています。韓国・中国の思想との比較や、これら以外の日本の思想家は、編集部による補足学習です。 確認の限界: 大学入試センター(DNC)は、将来の試験に特定の思想家が出題されることを保証していません。本教材は教育課程に沿って独自作成した補助練習であり、試験対策の全範囲を網羅する講座ではありません。

出典に基づく学習の道筋

編集部が構成した各単元を順に読むと、下の問題で扱う思想上の立場と対立点を学べます。公式の教育課程に関する情報と、補足的な哲学研究は区別して示しています。

  1. 01
    仏教の身体と修行
    三密と即身成仏 · さんみつ・そくしんじょうぶつ

    空海の真言密教では身・口・意の三密を仏のはたらきと響き合わせる実践が重要である。即身成仏は単に死後の救済を待つ立場ではない。

    只管打坐・身心脱落 · しかんたざ・しんじんだつらく

    道元は只管打坐を重んじ、身心脱落を修行の問題として説く。坐禅は悟りを買うための外的手段というより、修証一等という修行と証悟の不可分性から読む。

    同じ仏教ではない · ひかくのしかた

    空海の三密は真言密教の儀礼的実践、道元の只管打坐は禅の修行論である。両者に身体を重視する共通点はあっても、教理を交換可能な同義語として扱わない。

    教育課程の背景と歴史資料: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗

  2. 02
    江戸古典学の方法
    先王の道・古文辞学 · せんおうのみち・こぶんじがく

    荻生徂徠は古語・古文辞の検討から先王の道を探り、礼楽・制度・政治を重視した。朱子学の内面の徳の完成だけを政治秩序の根拠とはしない。

    もののあはれとからごころ · もののあはれ・からごころ

    本居宣長は古典文学の読みからもののあはれへの感受性を重視し、漢意による一律の道徳的解釈を警戒した。これは単なる反知性主義という意味ではない。

    教育課程の背景と歴史資料: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗

  3. 03
    近代の実学と経験
    純粋経験 · じゅんすいけいけん

    西田幾多郎の初期の純粋経験は、見る主体と見られる客体を概念で分ける以前の経験を指す。単なる気分や印象の別名ではない。

    場所の論理 · ばしょのろんり

    西田の後期の場所(basho)は経験の初期理論と同一ではなく、判断や存在が成立する包括的な場を思索する。思想の時期を分けて読もう。

    教育課程の背景と歴史資料: 文部科学省 ↗National Diet Library of Japan ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗

  4. 04
    東アジアの儒学
    仁と礼 · じん・れい

    孔子の仁は他者との倫理的関係を問い、礼は行為と秩序を形づくる。仁を一語の「優しさ」だけに、礼を空虚な作法だけに限定してはならない。

    性善と四端 · せいぜん・したん

    孟子は惻隠・羞悪・辞譲・是非の四端を徳の萌芽とみなした。「生まれた時点ですでに完成した聖人」という意味ではなく育成が必要である。

    教育課程の背景と歴史資料: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗

  5. 05
    比較読解と史料批判
    史料と帰属 · しりょうのぎんみ

    『老子』は単一著者の自伝としては扱いにくい伝承を持つ。無為自然は無責任な放置ではなく作為的強制を抑える統治観を含む。

    法・術・勢の違い · ほう・じゅつ・せい

    韓非をめぐる法は明確な基準、術は統治上の技法、勢は職位の権力に関わる。徳だけで政治が安定するとする説明とは異なる。

    教育課程の背景と歴史資料: 大学入試センター ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗

知識確認スタジオ / 日本

重要語句・思想家・主張

語句のカードを裏返し、思想と出典を確認してください。次に、問題文に思想家の名前が書かれていなくても、どの思想的立場かを見極めます。

重要語句のフラッシュカード カード15枚

語句を選ぶとカードが裏返ります。裏面では原語の説明、英語の語義、出典を確認できます。

三密と即身成仏さんみつ・そくしんじょうぶつ裏返す ↗

空海の真言密教では身・口・意の三密を仏のはたらきと響き合わせる実践が重要である。即身成仏は単に死後の救済を待つ立場ではない。

只管打坐・身心脱落しかんたざ・しんじんだつらく裏返す ↗

道元は只管打坐を重んじ、身心脱落を修行の問題として説く。坐禅は悟りを買うための外的手段というより、修証一等という修行と証悟の不可分性から読む。

同じ仏教ではないひかくのしかた裏返す ↗

空海の三密は真言密教の儀礼的実践、道元の只管打坐は禅の修行論である。両者に身体を重視する共通点はあっても、教理を交換可能な同義語として扱わない。

先王の道・古文辞学せんおうのみち・こぶんじがく裏返す ↗

荻生徂徠は古語・古文辞の検討から先王の道を探り、礼楽・制度・政治を重視した。朱子学の内面の徳の完成だけを政治秩序の根拠とはしない。

もののあはれとからごころもののあはれ・からごころ裏返す ↗

本居宣長は古典文学の読みからもののあはれへの感受性を重視し、漢意による一律の道徳的解釈を警戒した。これは単なる反知性主義という意味ではない。

二つの古典研究こてんのちがい裏返す ↗

徂徠は古代中国の王の制度を読み直し、宣長は日本の古典に固有の表現を追究した。両者とも文献を読んだが、目標となる伝統も政治的含意も異なる。

実学と独立じつがく・どくりつじそん裏返す ↗

福澤諭吉は『学問のすゝめ』の冒頭で人間の平等を論じ、学びによる独立を促す。ここでの実学は実生活を支える学問で、教育と社会制度の関係から読む。

純粋経験じゅんすいけいけん裏返す ↗

西田幾多郎の初期の純粋経験は、見る主体と見られる客体を概念で分ける以前の経験を指す。単なる気分や印象の別名ではない。

場所の論理ばしょのろんり裏返す ↗

西田の後期の場所(basho)は経験の初期理論と同一ではなく、判断や存在が成立する包括的な場を思索する。思想の時期を分けて読もう。

仁と礼じん・れい裏返す ↗

孔子の仁は他者との倫理的関係を問い、礼は行為と秩序を形づくる。仁を一語の「優しさ」だけに、礼を空虚な作法だけに限定してはならない。

性善と四端せいぜん・したん裏返す ↗

孟子は惻隠・羞悪・辞譲・是非の四端を徳の萌芽とみなした。「生まれた時点ですでに完成した聖人」という意味ではなく育成が必要である。

朱熹の格物致知かくぶつちち裏返す ↗

朱熹は理と気の枠組みの中で事物に即した理の探究を重視する。古典を通じた学問であっても徂徠と朱熹の「道」の理解は異なる。

史料と帰属しりょうのぎんみ裏返す ↗

『老子』は単一著者の自伝としては扱いにくい伝承を持つ。無為自然は無責任な放置ではなく作為的強制を抑える統治観を含む。

法・術・勢の違いほう・じゅつ・せい裏返す ↗

韓非をめぐる法は明確な基準、術は統治上の技法、勢は職位の権力に関わる。徳だけで政治が安定するとする説明とは異なる。

後世から過去を見る危険ひこう裏返す ↗

近代の国民国家や現代の試験区分を古代の思想家に当てはめない。日本の倫理学習に中国古典を並べる際も、それぞれの時代と伝播の経路を区別する。

この主張をしたのは誰? 思想的立場10件

各立場の説明は新たに言い換えたもので、本人の言葉をそのまま引用したものではありません。正解の根拠は印象的な標語ではなく、資料に記録された議論にあります。

議論の解説と出典 · 推測した後で項目を開き、誰の主張かを確認してください。

  1. 空海の真言密教では身・口・意の三密を仏のはたらきと響き合わせる実践が重要である。即身成仏は単に死後の救済を待つ立場ではない。

    Kūkai · 三密と即身成仏: 空海の真言密教では身・口・意の三密を仏のはたらきと響き合わせる実践が重要である。即身成仏は単に死後の救済を待つ立場ではない。

  2. 道元は只管打坐を重んじ、身心脱落を修行の問題として説く。坐禅は悟りを買うための外的手段というより、修証一等という修行と証悟の不可分性から読む。

    Dōgen · 只管打坐・身心脱落: 道元は只管打坐を重んじ、身心脱落を修行の問題として説く。坐禅は悟りを買うための外的手段というより、修証一等という修行と証悟の不可分性から読む。

  3. 荻生徂徠は古語・古文辞の検討から先王の道を探り、礼楽・制度・政治を重視した。朱子学の内面の徳の完成だけを政治秩序の根拠とはしない。

    Ogyū Sorai · 先王の道・古文辞学: 荻生徂徠は古語・古文辞の検討から先王の道を探り、礼楽・制度・政治を重視した。朱子学の内面の徳の完成だけを政治秩序の根拠とはしない。

  4. 本居宣長は古典文学の読みからもののあはれへの感受性を重視し、漢意による一律の道徳的解釈を警戒した。これは単なる反知性主義という意味ではない。

    Motoori Norinaga · もののあはれとからごころ: 本居宣長は古典文学の読みからもののあはれへの感受性を重視し、漢意による一律の道徳的解釈を警戒した。これは単なる反知性主義という意味ではない。

  5. 福澤諭吉は『学問のすゝめ』の冒頭で人間の平等を論じ、学びによる独立を促す。ここでの実学は実生活を支える学問で、教育と社会制度の関係から読む。

    Fukuzawa Yukichi · 実学と独立: 福澤諭吉は『学問のすゝめ』の冒頭で人間の平等を論じ、学びによる独立を促す。ここでの実学は実生活を支える学問で、教育と社会制度の関係から読む。

  6. 西田幾多郎の初期の純粋経験は、見る主体と見られる客体を概念で分ける以前の経験を指す。単なる気分や印象の別名ではない。

    Nishida Kitarō · 純粋経験: 西田幾多郎の初期の純粋経験は、見る主体と見られる客体を概念で分ける以前の経験を指す。単なる気分や印象の別名ではない。

  7. 孔子の仁は他者との倫理的関係を問い、礼は行為と秩序を形づくる。仁を一語の「優しさ」だけに、礼を空虚な作法だけに限定してはならない。

    Confucius · 仁と礼: 孔子の仁は他者との倫理的関係を問い、礼は行為と秩序を形づくる。仁を一語の「優しさ」だけに、礼を空虚な作法だけに限定してはならない。

  8. 孟子は惻隠・羞悪・辞譲・是非の四端を徳の萌芽とみなした。「生まれた時点ですでに完成した聖人」という意味ではなく育成が必要である。

    Mencius · 性善と四端: 孟子は惻隠・羞悪・辞譲・是非の四端を徳の萌芽とみなした。「生まれた時点ですでに完成した聖人」という意味ではなく育成が必要である。

  9. 『老子』は単一著者の自伝としては扱いにくい伝承を持つ。無為自然は無責任な放置ではなく作為的強制を抑える統治観を含む。

    Laozi (textual tradition) · 史料と帰属: 『老子』は単一著者の自伝としては扱いにくい伝承を持つ。無為自然は無責任な放置ではなく作為的強制を抑える統治観を含む。

  10. 韓非をめぐる法は明確な基準、術は統治上の技法、勢は職位の権力に関わる。徳だけで政治が安定するとする説明とは異なる。

    Han Fei · 法・術・勢の違い: 韓非をめぐる法は明確な基準、術は統治上の技法、勢は職位の権力に関わる。徳だけで政治が安定するとする説明とは異なる。

問題の作成方法

主要4地域の全80問は、過去の試験問題を転載したものではなく、編集部が資料に基づく文章、文脈を考える問題、組み合わせ問題として独自に作成しました。原語で作成した文章と、それに対応する英語の対訳・語義説明を収録しています。各問題は学習ガイドで明示的に取り上げた思想に基づき、すべての選択肢に個別の解説を付けています。日本と韓国の問題群では複数の段階を踏む読解と比較を、中国本土と台湾の問題群では資料や文章の分析を参考にしています。試験実施機関による出題形式・教育課程の資料と、哲学研究の文献は分けて扱っています。学習内容は教育課程に関連する補足であり、指定教材であることが確認されたものを除き、必修内容とは主張していません。残る4地域の補足問題16問は明確に区別しています。北朝鮮の問題は批判的読解であり、確認済みの大学入試を模したものではありません。これらの教材は独立して執筆され、試験実施機関とは提携しておらず、試験範囲全体を網羅していません。

根拠資料一覧:各学習単元のリンクでは、公式の試験関係資料と歴史・哲学研究を区別しています。誤答の選択肢にも、単に不正解と表示するだけでなく理由を説明します。出題形式や指定教材は変更される場合があるため、実際の受験前にはリンク先の試験実施機関で確認してください。本誌は独立した媒体であり、いかなる試験実施機関からも公認されていません。

EAST ASIAN JOURNAL / 古典と入学試験

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読む。比べる。考える。

大学入学共通テスト

日本 · 大学入学共通テスト · 独自作成の問題20問

本教材は、根拠資料に基づいて独自に作成した練習問題であり、公式の試験問題や出題予想ではありません。先に関連する学習単元を読んでください。各解説では選択肢の解釈が妥当な理由と誤っている理由を示し、根拠となる哲学研究へのリンクを付けています。

  1. 日本 · 01 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 1

    資料A(本稿の要約): 行者は身体の印、発せられる真言、観想する心を切り離さず修する。成仏の可能性は現在の身体と無関係ではない。

    空海の思想として、資料Aから読み取れるものを一つ選べ。

    解答を選択
    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: B.

    適切。印・真言・観想は身・口・意の働きに対応する。即身成仏を死後だけの出来事としない点が読みどころである。

    1. A. 不適切。三密は三つの働きの連関を示す。真言だけを残して身と意を排除するのは資料の組み合わせに反する。
    2. B. 適切。印・真言・観想は身・口・意の働きに対応する。即身成仏を死後だけの出来事としない点が読みどころである。
    3. C. 不適切。身・口・意を一体で修する点が資料の中心である。身体を意味のない外形にしてしまうのは逆の解釈だ。
    4. D. 不適切。即身の即はこの身の問題である。成仏を身体の消滅後に限定すると用語の核心を取り違える。

    人物紹介: 空海 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗SEP ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy (SEP) ↗

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  2. 日本 · 02 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 1

    資料A(本稿の要約): 行者は身体の印、発せられる真言、観想する心を切り離さず修する。成仏の可能性は現在の身体と無関係ではない。

    資料Aと思想史上の位置付けについて、正しい記述の組合せを選べ。 ア. 空海の三密を、道元の坐禅と同じ語に置き換えることはできない。 イ. 三密は思想の内容と無関係な儀礼であり、身体的な行為に哲学的な意味はない。 ウ. 即身成仏とは、肉体を完全に失った後でしか悟れないという教えである。 エ. 三密の実践を通じ、身体を捨てずに成仏を論じる。

    解答を選択
    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: D.

    正しい組合せ。ア:共に身体を重視しても真言密教と禅の修行論には固有の教理がある。似た実践形式から完全な同義を導けない。エ:印・真言・観想は身・口・意の働きに対応する。即身成仏を死後だけの出来事としない点が読みどころである。

    1. A. この組合せは不成立。イ:身・口・意を一体で修する点が資料の中心である。身体を意味のない外形にしてしまうのは逆の解釈だ。エ:印・真言・観想は身・口・意の働きに対応する。即身成仏を死後だけの出来事としない点が読みどころである。
    2. B. この組合せは不成立。イ:身・口・意を一体で修する点が資料の中心である。身体を意味のない外形にしてしまうのは逆の解釈だ。ウ:即身の即はこの身の問題である。成仏を身体の消滅後に限定すると用語の核心を取り違える。ア:共に身体を重視しても真言密教と禅の修行論には固有の教理がある。似た実践形式から完全な同義を導けない。エ:印・真言・観想は身・口・意の働きに対応する。即身成仏を死後だけの出来事としない点が読みどころである。
    3. C. この組合せは不成立。イ:身・口・意を一体で修する点が資料の中心である。身体を意味のない外形にしてしまうのは逆の解釈だ。ア:共に身体を重視しても真言密教と禅の修行論には固有の教理がある。似た実践形式から完全な同義を導けない。
    4. D. 正しい組合せ。ア:共に身体を重視しても真言密教と禅の修行論には固有の教理がある。似た実践形式から完全な同義を導けない。エ:印・真言・観想は身・口・意の働きに対応する。即身成仏を死後だけの出来事としない点が読みどころである。

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    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗SEP ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy (SEP) ↗

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  3. 日本 · 03 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 2

    資料B(本稿の要約): 「いつか悟るために今はただ座る」という目的と手段の分離を退け、坐禅の実践を証悟と切り離さない。

    資料Bにおける「修証一等」の説明として適切なものはどれか。

    解答を選択
    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: A.

    適切。道元の修証一等は実践そのものの意味を問い直す。悟りに至る技術として坐禅を単純化する読みを退ける。

    1. A. 適切。道元の修証一等は実践そのものの意味を問い直す。悟りに至る技術として坐禅を単純化する読みを退ける。
    2. B. 不適切。一等は修と証の不可分性に関わる。修行終了後に坐禅を始めるという時系列へは還元できない。
    3. C. 不適切。只管打坐はまさに坐禅の実践を示す語である。文字どおりの坐る行為を消してしまうのは誤りだ。
    4. D. 不適切。身心脱落を実践の放棄と読むと、坐禅を重視する道元の議論と矛盾する。

    人物紹介: 道元 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy (SEP) ↗

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  4. 日本 · 04 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 2

    資料B(本稿の要約): 「いつか悟るために今はただ座る」という目的と手段の分離を退け、坐禅の実践を証悟と切り離さない。

    資料Bの理解として成立する文をア~エから組み合わせよ。 ア. 道元の只管打坐を空海の三密と比較する際は、禅と真言密教の教理を区別する必要がある。 イ. 修行と証悟を、外的な手段と後から得る報酬の関係だけで説明しない。 ウ. 身心脱落とは、身体と心の活動がすべて無価値だから坐禅を中止するということだ。 エ. 只管打坐は、坐る代わりに議論と官僚制度の研究だけを進める修行法である。

    解答を選択
    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: D.

    正しい組合せ。ア:身体が関わるという共通点だけでは、異なる宗派の用語が同じ主張だとはいえない。イ:道元の修証一等は実践そのものの意味を問い直す。悟りに至る技術として坐禅を単純化する読みを退ける。

    1. A. この組合せは不成立。エ:只管打坐はまさに坐禅の実践を示す語である。文字どおりの坐る行為を消してしまうのは誤りだ。ア:身体が関わるという共通点だけでは、異なる宗派の用語が同じ主張だとはいえない。
    2. B. この組合せは不成立。エ:只管打坐はまさに坐禅の実践を示す語である。文字どおりの坐る行為を消してしまうのは誤りだ。イ:道元の修証一等は実践そのものの意味を問い直す。悟りに至る技術として坐禅を単純化する読みを退ける。
    3. C. この組合せは不成立。ウ:身心脱落を実践の放棄と読むと、坐禅を重視する道元の議論と矛盾する。イ:道元の修証一等は実践そのものの意味を問い直す。悟りに至る技術として坐禅を単純化する読みを退ける。
    4. D. 正しい組合せ。ア:身体が関わるという共通点だけでは、異なる宗派の用語が同じ主張だとはいえない。イ:道元の修証一等は実践そのものの意味を問い直す。悟りに至る技術として坐禅を単純化する読みを退ける。

    人物紹介: 道元 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy (SEP) ↗

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  5. 日本 · 05 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 3

    資料C(創作の議論): 古代の言葉の用法を確かめ、礼楽や制度が現実の政治秩序をどう作るかを問う。内面の徳の完成だけでは統治を説明できない。

    荻生徂徠の方法と資料Cの関係を述べたものを選べ。

    解答を選択
    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: B.

    適切。文献を読むのは語句の暗記が目的ではない。礼楽・制度が政治に果たす働きを再構成する点が徂徠の特徴である。

    1. A. 不適切。先王は古代の模範的統治者を指す。近代の制度をそのまま古典用語に投影するのは時代錯誤だ。
    2. B. 適切。文献を読むのは語句の暗記が目的ではない。礼楽・制度が政治に果たす働きを再構成する点が徂徠の特徴である。
    3. C. 不適切。徂徠は内面の徳だけでは政治を説明しきれないと考えた。礼楽・制度を不要にするのは資料の逆だ。
    4. D. 不適切。徂徠は先王の道を古典の言葉から探る。個人の無根拠な直感を唯一の基準にするのは方法を逆転させる。

    人物紹介: 荻生徂徠 ↗朱熹 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗SEP ↗SEP ↗

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  6. 日本 · 06 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 3

    資料C(創作の議論): 古代の言葉の用法を確かめ、礼楽や制度が現実の政治秩序をどう作るかを問う。内面の徳の完成だけでは統治を説明できない。

    古文辞学をめぐる次の判断のうち、支持されるものの組合せはどれか。 ア. 朱熹と徂徠は中国古典を重んじても、道を説明する方法と政治上の重点は同一ではない。 イ. 徂徠は朱子学の内面修養を唯一の政治制度とし、礼楽の研究を不要とした。 ウ. 古文辞の検討を先王の道や制度の理解につなげ、道徳心理だけの説明を批判する。 エ. 古文辞学の目的は、先王の制度を捨てて各人の直感だけから礼楽を作り直すことだ。

    解答を選択
    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: D.

    正しい組合せ。ア:同じ古典を読む事実と、同じ結論に至ることは別である。徂徠の批判点はその差を示す。ウ:文献を読むのは語句の暗記が目的ではない。礼楽・制度が政治に果たす働きを再構成する点が徂徠の特徴である。

    1. A. この組合せは不成立。イ:徂徠は内面の徳だけでは政治を説明しきれないと考えた。礼楽・制度を不要にするのは資料の逆だ。ア:同じ古典を読む事実と、同じ結論に至ることは別である。徂徠の批判点はその差を示す。
    2. B. この組合せは不成立。イ:徂徠は内面の徳だけでは政治を説明しきれないと考えた。礼楽・制度を不要にするのは資料の逆だ。エ:徂徠は先王の道を古典の言葉から探る。個人の無根拠な直感を唯一の基準にするのは方法を逆転させる。ア:同じ古典を読む事実と、同じ結論に至ることは別である。徂徠の批判点はその差を示す。ウ:文献を読むのは語句の暗記が目的ではない。礼楽・制度が政治に果たす働きを再構成する点が徂徠の特徴である。
    3. C. この組合せは不成立。イ:徂徠は内面の徳だけでは政治を説明しきれないと考えた。礼楽・制度を不要にするのは資料の逆だ。ウ:文献を読むのは語句の暗記が目的ではない。礼楽・制度が政治に果たす働きを再構成する点が徂徠の特徴である。
    4. D. 正しい組合せ。ア:同じ古典を読む事実と、同じ結論に至ることは別である。徂徠の批判点はその差を示す。ウ:文献を読むのは語句の暗記が目的ではない。礼楽・制度が政治に果たす働きを再構成する点が徂徠の特徴である。

    人物紹介: 荻生徂徠 ↗朱熹 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗SEP ↗SEP ↗

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  7. 日本 · 07 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 4

    資料D(本稿の要約): 古い物語や和歌は、外から先に与えた道徳の採点表だけで裁かず、その語りが表す感情の機微をたどって読む。

    「もののあはれ」を理解する上で最も慎重な読みはどれか。

    解答を選択
    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: D.

    適切。宣長の批判は漢意を先に押しつける読み方に向かう。あらゆる思考を拒否する立場ではない。

    1. A. 不適切。日本古典の固有の言葉と感受性を探った点が宣長の方法である。徂徠の先王研究と取り違えている。
    2. B. 不適切。対象は文学の感情の機微である。それを除いて形式だけを集計するのでは主張の中心を失う。
    3. C. 不適切。漢意への批判は日本古典に外来の価値基準を先取りして当てる解釈への批判であり、一般的な言語禁止令ではない。
    4. D. 適切。宣長の批判は漢意を先に押しつける読み方に向かう。あらゆる思考を拒否する立場ではない。

    人物紹介: 本居宣長 ↗荻生徂徠 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗SEP ↗

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  8. 日本 · 08 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 4

    資料D(本稿の要約): 古い物語や和歌は、外から先に与えた道徳の採点表だけで裁かず、その語りが表す感情の機微をたどって読む。

    資料Dに照らし、妥当な記述の組合せを選べ。 ア. 感受性を通して古典の表現を味わうが、作品に知的な解釈を加えること自体を禁じるわけではない。 イ. からごころ批判は、どの外国語の学習も悪いとする無条件の言語禁止令である。 ウ. 文献の語句に注意する点で宣長と徂徠は比較できても、対象と解釈上の問いは異なる。 エ. もののあはれは、作中人物の感情を無視し、礼の規則だけを数える読解法である。

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    正解: D.

    正しい組合せ。ア:宣長の批判は漢意を先に押しつける読み方に向かう。あらゆる思考を拒否する立場ではない。ウ:共通する文献学的方法だけで思想的同一性は導けない。何を、何のために読むかが重要になる。

    1. A. この組合せは不成立。イ:漢意への批判は日本古典に外来の価値基準を先取りして当てる解釈への批判であり、一般的な言語禁止令ではない。ウ:共通する文献学的方法だけで思想的同一性は導けない。何を、何のために読むかが重要になる。
    2. B. この組合せは不成立。イ:漢意への批判は日本古典に外来の価値基準を先取りして当てる解釈への批判であり、一般的な言語禁止令ではない。エ:対象は文学の感情の機微である。それを除いて形式だけを集計するのでは主張の中心を失う。ア:宣長の批判は漢意を先に押しつける読み方に向かう。あらゆる思考を拒否する立場ではない。ウ:共通する文献学的方法だけで思想的同一性は導けない。何を、何のために読むかが重要になる。
    3. C. この組合せは不成立。エ:対象は文学の感情の機微である。それを除いて形式だけを集計するのでは主張の中心を失う。ウ:共通する文献学的方法だけで思想的同一性は導けない。何を、何のために読むかが重要になる。
    4. D. 正しい組合せ。ア:宣長の批判は漢意を先に押しつける読み方に向かう。あらゆる思考を拒否する立場ではない。ウ:共通する文献学的方法だけで思想的同一性は導けない。何を、何のために読むかが重要になる。

    人物紹介: 本居宣長 ↗荻生徂徠 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗SEP ↗

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  9. 日本 · 09 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 5

    資料E(本稿の要約): 人は生まれつき身分の上下が定められるものではない。学びを通じて自立し、社会の中で責任を担うことが大切である。

    資料Eを『学問のすゝめ』の問題意識に即して解釈せよ。

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    正解: B.

    適切。冒頭の平等論は教育不要という結論ではない。学問と自立の課題を結びつけて初めて資料を理解できる。

    1. A. 不適切。生まれに由来する上下を批判することと、学びによる成長を否定することは別だ。福澤は後者を促している。
    2. B. 適切。冒頭の平等論は教育不要という結論ではない。学問と自立の課題を結びつけて初めて資料を理解できる。
    3. C. 不適切。実学は生活や社会を支える学問を含む。実用性を排除する定義は名称と著作の方向の両方に逆らう。
    4. D. 不適切。独立自尊は自分で考え行動する能力に関係する。社会的責任と学びを消すことではない。

    人物紹介: 福澤諭吉 ↗

    出典: 文部科学省 ↗National Diet Library of Japan ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗National Diet Library, Japan ↗

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  10. 日本 · 10 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 5

    資料E(本稿の要約): 人は生まれつき身分の上下が定められるものではない。学びを通じて自立し、社会の中で責任を担うことが大切である。

    資料Eから導ける説明を組み合わせて選べ。 ア. 実学とは日常の問題に役立たない学識のみを集め、実社会から距離を置くことだ。 イ. 平等を唱える以上、学問で能力を身につける必要は一切ないという立場である。 ウ. 福澤の平等論を現代のすべての制度的平等が既に実現したとの報告と読むことはできない。 エ. 実学と独立の関係を、身分差への批判と社会的な能力形成の問題として読む。

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    正解: D.

    正しい組合せ。ウ:理念の提示と社会的現実の証明を分けることは、近代思想の史料を読む基本となる。エ:冒頭の平等論は教育不要という結論ではない。学問と自立の課題を結びつけて初めて資料を理解できる。

    1. A. この組合せは不成立。ア:実学は生活や社会を支える学問を含む。実用性を排除する定義は名称と著作の方向の両方に逆らう。ウ:理念の提示と社会的現実の証明を分けることは、近代思想の史料を読む基本となる。
    2. B. この組合せは不成立。ア:実学は生活や社会を支える学問を含む。実用性を排除する定義は名称と著作の方向の両方に逆らう。イ:生まれに由来する上下を批判することと、学びによる成長を否定することは別だ。福澤は後者を促している。ウ:理念の提示と社会的現実の証明を分けることは、近代思想の史料を読む基本となる。エ:冒頭の平等論は教育不要という結論ではない。学問と自立の課題を結びつけて初めて資料を理解できる。
    3. C. この組合せは不成立。ア:実学は生活や社会を支える学問を含む。実用性を排除する定義は名称と著作の方向の両方に逆らう。エ:冒頭の平等論は教育不要という結論ではない。学問と自立の課題を結びつけて初めて資料を理解できる。
    4. D. 正しい組合せ。ウ:理念の提示と社会的現実の証明を分けることは、近代思想の史料を読む基本となる。エ:冒頭の平等論は教育不要という結論ではない。学問と自立の課題を結びつけて初めて資料を理解できる。

    人物紹介: 福澤諭吉 ↗

    出典: 文部科学省 ↗National Diet Library of Japan ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗National Diet Library, Japan ↗

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  11. 日本 · 11 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 6

    資料F(創作の例): 音楽を聴いている瞬間を、後から「聞く私」と「聞かれる音」に分けて説明する。その区別以前の経験を哲学の問題にする。

    西田幾多郎の初期の「純粋経験」を誤って説明したものはどれか。

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    正解: D.

    誤りを指摘できる。西田が問うのは概念的な主客分離より前の経験である。「区別後にのみ」という時間的限定が逆転している。

    1. A. 適切な説明なので、誤りとして選ばない。この区別は資料の出発点そのものである。誤りを選ぶ問いなので、整合的な説明は正答にならない。
    2. B. 適切な説明なので、誤りとして選ばない。経験を主客分離以前から考える問題と、気分の真偽を道徳的に承認する問題は異なる。
    3. C. 適切な説明なので、誤りとして選ばない。両者には思想の展開がある。後期の場所論を最初期から完成済みの体系とみなすのは時期を無視する。
    4. D. 誤りを指摘できる。西田が問うのは概念的な主客分離より前の経験である。「区別後にのみ」という時間的限定が逆転している。

    人物紹介: 西田幾多郎 ↗

    出典: 文部科学省 ↗National Diet Library of Japan ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗

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  12. 日本 · 12 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 6

    資料F(創作の例): 音楽を聴いている瞬間を、後から「聞く私」と「聞かれる音」に分けて説明する。その区別以前の経験を哲学の問題にする。

    西田哲学の時期と語義をめぐる正しい判断を選びなさい。 ア. 純粋経験を「私が主観的に感じたから正しい」という主張に読み替えることはできない。 イ. 純粋経験は個人の気分を無条件に正しいと認める道徳命令ではない。 ウ. 後から主客を分けて説明することと、分ける以前の経験を問うことは区別される。 エ. 純粋経験とは、主客の区別を済ませた後にだけ成立する思考上の分類である。

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    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: B.

    正しい組合せ。ア:西田は経験の構造に関する哲学的問題を立てているので、主観的判断の無謬性とは結び付かない。イ:経験を主客分離以前から考える問題と、気分の真偽を道徳的に承認する問題は異なる。ウ:この区別は資料の出発点そのものである。誤りを選ぶ問いなので、整合的な説明は正答にならない。

    1. A. この組合せは不成立。エ:西田が問うのは概念的な主客分離より前の経験である。「区別後にのみ」という時間的限定が逆転している。ウ:この区別は資料の出発点そのものである。誤りを選ぶ問いなので、整合的な説明は正答にならない。
    2. B. 正しい組合せ。ア:西田は経験の構造に関する哲学的問題を立てているので、主観的判断の無謬性とは結び付かない。イ:経験を主客分離以前から考える問題と、気分の真偽を道徳的に承認する問題は異なる。ウ:この区別は資料の出発点そのものである。誤りを選ぶ問いなので、整合的な説明は正答にならない。
    3. C. この組合せは不成立。エ:西田が問うのは概念的な主客分離より前の経験である。「区別後にのみ」という時間的限定が逆転している。イ:経験を主客分離以前から考える問題と、気分の真偽を道徳的に承認する問題は異なる。
    4. D. この組合せは不成立。エ:西田が問うのは概念的な主客分離より前の経験である。「区別後にのみ」という時間的限定が逆転している。ア:西田は経験の構造に関する哲学的問題を立てているので、主観的判断の無謬性とは結び付かない。

    人物紹介: 西田幾多郎 ↗

    出典: 文部科学省 ↗National Diet Library of Japan ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗

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  13. 日本 · 13 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 7

    資料G(創作の場面): 人に温かく接すると自称しながら共同の礼を軽視する人物と、形式を守るだけで他者に無関心な人物がいた。

    孔子の仁と礼の関係からみて最も適切な判断はどれか。

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    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: D.

    適切。孔子の仁は人間関係の徳を、礼はその行為と秩序を扱う。二つを引き離して極端化しない点が重要だ。

    1. A. 不適切。孔子は徳を身につける行いを論じる。内心の宣言だけで礼や行動を無効にすることはできない。
    2. B. 不適切。仁は対人倫理の概念である。人との関係を削除すると資料が問いかける徳の内容が失われる。
    3. C. 不適切。孔子の礼は行動様式や社会関係の規範である。刑罰一語への置換は礼の学習と実践を消す。
    4. D. 適切。孔子の仁は人間関係の徳を、礼はその行為と秩序を扱う。二つを引き離して極端化しない点が重要だ。

    人物紹介: 孔子 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗

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  14. 日本 · 14 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 7

    資料G(創作の場面): 人に温かく接すると自称しながら共同の礼を軽視する人物と、形式を守るだけで他者に無関心な人物がいた。

    資料Gを用いた孔子理解として成立する組合せはどれか。 ア. 礼は法家の刑罰制度だけを指すため、人への配慮と同時には論じられない。 イ. 仁と礼をめぐる議論は、私的な感情だけでなく社会的な実践の評価を含む。 ウ. 仁を単なる気分に、礼を空疎な作法に還元せず、倫理的関係と具体的行為をともに問う。 エ. 仁の中心は他者への配慮と無関係な独居であり、関係性は学問の邪魔となる。

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    正解: C.

    正しい組合せ。イ:徳を行動から切り離さない点が二人の人物への批判を支える。ウ:孔子の仁は人間関係の徳を、礼はその行為と秩序を扱う。二つを引き離して極端化しない点が重要だ。

    1. A. この組合せは不成立。エ:仁は対人倫理の概念である。人との関係を削除すると資料が問いかける徳の内容が失われる。イ:徳を行動から切り離さない点が二人の人物への批判を支える。
    2. B. この組合せは不成立。ア:孔子の礼は行動様式や社会関係の規範である。刑罰一語への置換は礼の学習と実践を消す。ウ:孔子の仁は人間関係の徳を、礼はその行為と秩序を扱う。二つを引き離して極端化しない点が重要だ。
    3. C. 正しい組合せ。イ:徳を行動から切り離さない点が二人の人物への批判を支える。ウ:孔子の仁は人間関係の徳を、礼はその行為と秩序を扱う。二つを引き離して極端化しない点が重要だ。
    4. D. この組合せは不成立。ア:孔子の礼は行動様式や社会関係の規範である。刑罰一語への置換は礼の学習と実践を消す。イ:徳を行動から切り離さない点が二人の人物への批判を支える。

    人物紹介: 孔子 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗

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  15. 日本 · 15 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 8

    資料H(創作の授業): 目の前の出来事をよく調べて理を求める方法と、古典の言葉から先王の制度を読み戻す方法とを比較する。

    二つの読書法の対比を正しく示したものはどれか。

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    正解: A.

    適切。両者とも学問を重んじるが、何を知の中心に据えるかが異なる。単に「古典を使う」で止めては対比にならない。

    1. A. 適切。両者とも学問を重んじるが、何を知の中心に据えるかが異なる。単に「古典を使う」で止めては対比にならない。
    2. B. 不適切。極端な否定が誤りである。どちらも古典の伝統に関わるが、その解釈方法と政治的含意が異なる。
    3. C. 不適切。徂徠は内面道徳の完成だけに政治を帰す考えを批判した。両者を同じ体系の反復とするのは違いを消す。
    4. D. 不適切。格物は事物の理を窮める方向へ学ぶ。対象を避けることは「物」に向かう学習と矛盾する。

    人物紹介: 朱熹 ↗荻生徂徠 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗SEP ↗

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  16. 日本 · 16 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 8

    資料H(創作の授業): 目の前の出来事をよく調べて理を求める方法と、古典の言葉から先王の制度を読み戻す方法とを比較する。

    資料Hを読む際の注意として正しいものを組み合わせよ。 ア. 格物とは現実の事物を避け、個人の好みだけに従うことを意味する。 イ. 朱熹の格物致知は理の探究に関わり、徂徠の古文辞学は古代の言語と制度の再読に重点を置く。 ウ. 先秦の原典、宋代の朱熹、江戸期の徂徠には著作時期の違いがある。 エ. 朱熹は先王の礼楽という言葉を一切理解せず、徂徠は古語を全く読まなかった。

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    正解: A.

    正しい組合せ。イ:両者とも学問を重んじるが、何を知の中心に据えるかが異なる。単に「古典を使う」で止めては対比にならない。ウ:歴史上の順序を追うと「同じ古典を読むこと」と「同じ時代に同じ主張をすること」が別だとわかる。

    1. A. 正しい組合せ。イ:両者とも学問を重んじるが、何を知の中心に据えるかが異なる。単に「古典を使う」で止めては対比にならない。ウ:歴史上の順序を追うと「同じ古典を読むこと」と「同じ時代に同じ主張をすること」が別だとわかる。
    2. B. この組合せは不成立。エ:極端な否定が誤りである。どちらも古典の伝統に関わるが、その解釈方法と政治的含意が異なる。ウ:歴史上の順序を追うと「同じ古典を読むこと」と「同じ時代に同じ主張をすること」が別だとわかる。
    3. C. この組合せは不成立。ア:格物は事物の理を窮める方向へ学ぶ。対象を避けることは「物」に向かう学習と矛盾する。イ:両者とも学問を重んじるが、何を知の中心に据えるかが異なる。単に「古典を使う」で止めては対比にならない。
    4. D. この組合せは不成立。ア:格物は事物の理を窮める方向へ学ぶ。対象を避けることは「物」に向かう学習と矛盾する。ウ:歴史上の順序を追うと「同じ古典を読むこと」と「同じ時代に同じ主張をすること」が別だとわかる。

    人物紹介: 朱熹 ↗荻生徂徠 ↗

    出典: 文部科学省 ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗SEP ↗

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  17. 日本 · 17 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 9

    資料I(本稿の要約): 統治者が細部まで手を加え続ければ、かえって人々の営みを乱すことがある。強い作為を控える道を考える。

    『老子』の無為について、資料Iから排除すべき理解はどれか。

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    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: D.

    誤りを指摘できる。「過剰な作為を控える」と「何もしない」は同じでない。無為を全面的な怠慢に読み替えるのは典型的な過剰解釈だ。

    1. A. 適切な説明なので、誤りとして選ばない。資料は統治のしすぎが招く問題を示している。これは否定される解釈ではなく本文に合う。
    2. B. 適切な説明なので、誤りとして選ばない。自ずからそうなるという理解は無為の解釈と結びつく。放任だけを意味させない点も適切だ。
    3. C. 適切な説明なので、誤りとして選ばない。思想の内容と史料の帰属は別の検討を要する。単純な自伝説を避ける注意は妥当だ。
    4. D. 誤りを指摘できる。「過剰な作為を控える」と「何もしない」は同じでない。無為を全面的な怠慢に読み替えるのは典型的な過剰解釈だ。

    人物紹介: 老子 ↗

    出典: 大学入試センター ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗

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  18. 日本 · 18 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 9

    資料I(本稿の要約): 統治者が細部まで手を加え続ければ、かえって人々の営みを乱すことがある。強い作為を控える道を考える。

    無為の理解として妥当な記述をア~エから選びなさい。 ア. 自然はスローガンとしての無責任さではなく、自ずからそうなる働きに目を向ける語である。 イ. 無為は、作為的な統制の害を考えるための統治上の概念として読める。 ウ. 無為とは、あらゆる行政活動を永久に停止して責任を放棄することである。 エ. 過度の介入を批判することと、あらゆる判断を廃止することを同一視してはならない。

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    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: C.

    正しい組合せ。ア:自ずからそうなるという理解は無為の解釈と結びつく。放任だけを意味させない点も適切だ。イ:資料は統治のしすぎが招く問題を示している。これは否定される解釈ではなく本文に合う。エ:無為の意味は「しない」という字面だけから決まらない。資料が示す統治への批判を読む必要がある。

    1. A. この組合せは不成立。ウ:「過剰な作為を控える」と「何もしない」は同じでない。無為を全面的な怠慢に読み替えるのは典型的な過剰解釈だ。ア:自ずからそうなるという理解は無為の解釈と結びつく。放任だけを意味させない点も適切だ。
    2. B. この組合せは不成立。ウ:「過剰な作為を控える」と「何もしない」は同じでない。無為を全面的な怠慢に読み替えるのは典型的な過剰解釈だ。エ:無為の意味は「しない」という字面だけから決まらない。資料が示す統治への批判を読む必要がある。
    3. C. 正しい組合せ。ア:自ずからそうなるという理解は無為の解釈と結びつく。放任だけを意味させない点も適切だ。イ:資料は統治のしすぎが招く問題を示している。これは否定される解釈ではなく本文に合う。エ:無為の意味は「しない」という字面だけから決まらない。資料が示す統治への批判を読む必要がある。
    4. D. この組合せは不成立。ウ:「過剰な作為を控える」と「何もしない」は同じでない。無為を全面的な怠慢に読み替えるのは典型的な過剰解釈だ。イ:資料は統治のしすぎが招く問題を示している。これは否定される解釈ではなく本文に合う。

    人物紹介: 老子 ↗

    出典: 大学入試センター ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗

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  19. 日本 · 19 / 20 資料読解

    独自作成の原語文章 · japan passage 10

    資料J(創作の政策会議): 「役職に伴う権限と実際の仕事を点検する規則をつくるべきだ」。別の参加者は「統治者の徳の模範だけで十分だ」と反論した。

    韓非の立場を誤解せずに捉えたものはどれか。

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    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: A.

    適切。資料の争点は人格だけに統治を頼めるかである。三つの語を機能別に分けると韓非の回答が具体的になる。

    1. A. 適切。資料の争点は人格だけに統治を頼めるかである。三つの語を機能別に分けると韓非の回答が具体的になる。
    2. B. 不適切。法は公に示せる基準の問題である。個人的気分へ還元すると秩序を安定させる論拠を失う。
    3. C. 不適切。術は管理と検証に関わる。詩の暗唱と取り違えると役人の働きを調べる技法という機能が見えない。
    4. D. 不適切。勢の要点は職位が持つ力である。人格的な仁に置き換えると政策会議の権限問題を説明できない。

    人物紹介: 韓非 ↗孔子 ↗

    出典: 大学入試センター ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗Stanford Encyclopedia of Philosophy ↗SEP ↗SEP ↗

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  20. 日本 · 20 / 20 組み合わせ問題

    独自作成の原語文章 · japan passage 10

    資料J(創作の政策会議): 「役職に伴う権限と実際の仕事を点検する規則をつくるべきだ」。別の参加者は「統治者の徳の模範だけで十分だ」と反論した。

    韓非と儒家の統治論の対比について妥当な組合せはどれか。 ア. 法は適用の基準、術は官僚を扱う技法、勢は職位の権力に関わる。 イ. 勢は全ての人に等しく備わる内面の仁であり、職位と無関係である。 ウ. 韓非と孔子を比較するには、国家の秩序を何によって支えるかという共通の問いを定める。 エ. 術とは、統治者の思いやりを歌にして暗唱させる詩作教育だけである。

    解答を選択
    正解と各選択肢の理由を読む

    正解: C.

    正しい組合せ。ア:資料の争点は人格だけに統治を頼めるかである。三つの語を機能別に分けると韓非の回答が具体的になる。ウ:人柄に基づく教化と制度上の仕組みの相違を問えば、単なる人名当てを越えられる。

    1. A. この組合せは不成立。エ:術は管理と検証に関わる。詩の暗唱と取り違えると役人の働きを調べる技法という機能が見えない。ア:資料の争点は人格だけに統治を頼めるかである。三つの語を機能別に分けると韓非の回答が具体的になる。
    2. B. この組合せは不成立。イ:勢の要点は職位が持つ力である。人格的な仁に置き換えると政策会議の権限問題を説明できない。ア:資料の争点は人格だけに統治を頼めるかである。三つの語を機能別に分けると韓非の回答が具体的になる。
    3. C. 正しい組合せ。ア:資料の争点は人格だけに統治を頼めるかである。三つの語を機能別に分けると韓非の回答が具体的になる。ウ:人柄に基づく教化と制度上の仕組みの相違を問えば、単なる人名当てを越えられる。
    4. D. この組合せは不成立。イ:勢の要点は職位が持つ力である。人格的な仁に置き換えると政策会議の権限問題を説明できない。エ:術は管理と検証に関わる。詩の暗唱と取り違えると役人の働きを調べる技法という機能が見えない。ア:資料の争点は人格だけに統治を頼めるかである。三つの語を機能別に分けると韓非の回答が具体的になる。ウ:人柄に基づく教化と制度上の仕組みの相違を問えば、単なる人名当てを越えられる。

    人物紹介: 韓非 ↗孔子 ↗

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解答一覧と解説

日本 · 大学入学共通テスト

  1. 1. B.
    適切。印・真言・観想は身・口・意の働きに対応する。即身成仏を死後だけの出来事としない点が読みどころである。
  2. 2. D.
    正しい組合せ。ア:共に身体を重視しても真言密教と禅の修行論には固有の教理がある。似た実践形式から完全な同義を導けない。エ:印・真言・観想は身・口・意の働きに対応する。即身成仏を死後だけの出来事としない点が読みどころである。
  3. 3. A.
    適切。道元の修証一等は実践そのものの意味を問い直す。悟りに至る技術として坐禅を単純化する読みを退ける。
  4. 4. D.
    正しい組合せ。ア:身体が関わるという共通点だけでは、異なる宗派の用語が同じ主張だとはいえない。イ:道元の修証一等は実践そのものの意味を問い直す。悟りに至る技術として坐禅を単純化する読みを退ける。
  5. 5. B.
    適切。文献を読むのは語句の暗記が目的ではない。礼楽・制度が政治に果たす働きを再構成する点が徂徠の特徴である。
  6. 6. D.
    正しい組合せ。ア:同じ古典を読む事実と、同じ結論に至ることは別である。徂徠の批判点はその差を示す。ウ:文献を読むのは語句の暗記が目的ではない。礼楽・制度が政治に果たす働きを再構成する点が徂徠の特徴である。
  7. 7. D.
    適切。宣長の批判は漢意を先に押しつける読み方に向かう。あらゆる思考を拒否する立場ではない。
  8. 8. D.
    正しい組合せ。ア:宣長の批判は漢意を先に押しつける読み方に向かう。あらゆる思考を拒否する立場ではない。ウ:共通する文献学的方法だけで思想的同一性は導けない。何を、何のために読むかが重要になる。
  9. 9. B.
    適切。冒頭の平等論は教育不要という結論ではない。学問と自立の課題を結びつけて初めて資料を理解できる。
  10. 10. D.
    正しい組合せ。ウ:理念の提示と社会的現実の証明を分けることは、近代思想の史料を読む基本となる。エ:冒頭の平等論は教育不要という結論ではない。学問と自立の課題を結びつけて初めて資料を理解できる。
  11. 11. D.
    誤りを指摘できる。西田が問うのは概念的な主客分離より前の経験である。「区別後にのみ」という時間的限定が逆転している。
  12. 12. B.
    正しい組合せ。ア:西田は経験の構造に関する哲学的問題を立てているので、主観的判断の無謬性とは結び付かない。イ:経験を主客分離以前から考える問題と、気分の真偽を道徳的に承認する問題は異なる。ウ:この区別は資料の出発点そのものである。誤りを選ぶ問いなので、整合的な説明は正答にならない。
  13. 13. D.
    適切。孔子の仁は人間関係の徳を、礼はその行為と秩序を扱う。二つを引き離して極端化しない点が重要だ。
  14. 14. C.
    正しい組合せ。イ:徳を行動から切り離さない点が二人の人物への批判を支える。ウ:孔子の仁は人間関係の徳を、礼はその行為と秩序を扱う。二つを引き離して極端化しない点が重要だ。
  15. 15. A.
    適切。両者とも学問を重んじるが、何を知の中心に据えるかが異なる。単に「古典を使う」で止めては対比にならない。
  16. 16. A.
    正しい組合せ。イ:両者とも学問を重んじるが、何を知の中心に据えるかが異なる。単に「古典を使う」で止めては対比にならない。ウ:歴史上の順序を追うと「同じ古典を読むこと」と「同じ時代に同じ主張をすること」が別だとわかる。
  17. 17. D.
    誤りを指摘できる。「過剰な作為を控える」と「何もしない」は同じでない。無為を全面的な怠慢に読み替えるのは典型的な過剰解釈だ。
  18. 18. C.
    正しい組合せ。ア:自ずからそうなるという理解は無為の解釈と結びつく。放任だけを意味させない点も適切だ。イ:資料は統治のしすぎが招く問題を示している。これは否定される解釈ではなく本文に合う。エ:無為の意味は「しない」という字面だけから決まらない。資料が示す統治への批判を読む必要がある。
  19. 19. A.
    適切。資料の争点は人格だけに統治を頼めるかである。三つの語を機能別に分けると韓非の回答が具体的になる。
  20. 20. C.
    正しい組合せ。ア:資料の争点は人格だけに統治を頼めるかである。三つの語を機能別に分けると韓非の回答が具体的になる。ウ:人柄に基づく教化と制度上の仕組みの相違を問えば、単なる人名当てを越えられる。